歌で自分を開く

 2017年7月30日のNHKのドキュメンタリーで、アメリカのソルトレイクシティを中心に活動をしている合唱団「One Voice Children's Choir」の紹介をしていた。指導しているのは福田真史さんという41歳の日本人。

 4歳から18歳まで総勢150人が年齢の隔てなく活動(つまり、一緒に練習し、一緒にステージに立つ仲間)ということもユニークならば、「合唱団なのに歌い方は自由」というのも一般的な合唱の概念から外れるもの。その歌声はキュートで力強い。

  https://www.voiceyougaku.com/one-voice-childrens-choir/

 

 さらに感動的なのは、合唱をすることによって子供たちが生き生きとし、自信を得て生き方までが変わっていくことだった。それには、福田さんの個性的な指導方法が与って大きい。彼は発声方法などの細かな注意はほどんどしない。繰り返し伝えるのは「とにかく気持ちを込めて歌う」こと。それが子供たちに歌う喜びを呼び覚まし、声を響かせ、気持ちを一つにまとめ、聴くものに感動を与え、ソルトレイクシティの町全体に活気を与える。

 自信のない子は、気軽に福田さんに相談しに来る。話し合いの中で彼は、その子の良いところを探し出し、指摘する。福田さんに認められたと感じた子どもたちは、前に進む勇気を得て、例えばソロに挑むなどの行動を起こし、それによりさらに自信を深めてゆく。

 自分に自信を得た子どもは、余裕が出てくるからなのだろう、ほかの子どもたちの良さも認められるようになり、困っている子がいたら助けるようになる。ここには、いじめに悩んでいる今の日本の学校に対する大きなヒントがあると思う。自分に本当の自信がある子は、人をいじめないのだ。だから、自信のある子どもたちを育てるような社会にしていかなくてはならない。

 自信を得て合唱団の中に自分の居場所を見つけると、その合唱団が好きになる。すると合唱団全体の気持ちが一つにまとまり、合唱のレベルも上がる。映像をみていると、彼らの歌声の魅力がそのようにして強まっていく様子がよくわかった。

 福田さんは一人ひとりの子の声をよく聴き、どのようにしたらその子の声が合唱全体のなかで輝くかを考え、曲全体を編曲する。「彼らの声を見出すのが僕の役目」と彼は言う。その苦労は並大抵ではないだろう。しかし彼は、自分こそが子どもたちから多くのものをもらっているという。「子どもたちにしか表現できない、言葉にできない純粋さとかがある。それに心が洗われる。自分が一番得をしている気がする」とも言っている。彼のような大人たちが、子どもたちを輝かせ伸ばすのだろう。

 合唱団員のある子どもは語る。「音楽って、ジェットコースターに乗るよりも、飛行機に乗るよりも、あるいはこれ以上ない恐怖に直面するよりも、ずっと爽快な気分を味わわせてくれるのよ。私は、聴いてくれる人の心に火花を起こし、世の中を元気づけたい。そして、この世が素晴らしいものであることを感謝するために歌いたいの。この世の中を変えるために歌う、と言ってもいいわ。」

 私は近々小さなクリニックを開く。そこは子どもたちがそれぞれの得意なところを伸ばし、生き生きと成長するのを助けられるような場でありたい。「あそこに行くと元気になれる」と言われるような診療所にしたい。「One Voice Children's Choir」のOne Voiceには、「一人の声」という意味と「みんなの声がひとつにまとまった」という二つの意味が込められている。私のクリニックの理念も、それと同じものだ。 

時のきらめき 命のかがやき

精神科医が日々の思いを綴ったものです。精神医療に限らず、広く社会や人間の本性、世界の情勢、それに対する人々の反応、など感じ考えたことを書き留めました。好きな音楽や本、絵、ドラマのことなども積極的に取り上げたいと思います。

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